ぼっちについて真面目に考えてみた

考え方

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ぼっちについて真面目に考えてみた
2014年は縁あって「ぼっちさん」と呼ばれる事が多かったです。 ですが、その年に知り合った人の大勢が「ぼっちさんはぼっちじゃない」などとエセぼっちやフォッションぼっちように扱われる事があり違和感を抱いていました。 私個人としては自信をもって自分を「ぼっちです!」と自己紹介できるのですが、なかなか他人との意識差が激しいので、自分なりのぼっち論をまとめてみました。

私の中のぼっち

私が使うぼっちの定義は以下のものです。
  • 気がついたらいつも一人
  • 誰かと特定の人・グループと特別仲が良いわけではない。
  • 他人と協力の作業が苦手(指示するとか、引っ張る系は別。

良いぼっちとダメなぼっち

ぼっちと聞くと、「便所飯」など悪いイメージが先行してしまいますが、ぼっちを極めていった良いぼっちというのは存在します。 それは、ぼっちである事を受け入れ、自分の出来ることに取り組み卑屈にならなかったぼっちです。 私の知る中でぼっちであり、人間として優れていると思える人は以下のような特徴があります。
  • 誰かに依存せずに物事を進められる。
  • 必要以上に人と一緒にいる事を求めない。
  • 決断力がある。
  • 考え方にブレがない。
  • 特定の分野において頼りがいがある。
  • 自分の言葉で説明をできる。
  • 人のせいにしない。
  • 日々楽しそう。
  • 情報収集能力が優れている。
  • 行動範囲が広い。
  • 好奇心が強い。
  • 自分の立ち位置を知っている。
  • 環境に左右されない安定感がある。
  • 時間の使い方がうまい。
  • 聞き役がうまい。
自分に自信がなく、ぼっちの特性を育てれない人は人に信頼される事はなかなか難しいかもしれませんが、すべてのぼっちが悪いということはありません。 一目置かれるぼっちは存在します。 ぼっちは人と協力できない分、自分の時間の最大限に活用できますので目標があれば効率的に色々な経験を積んでいます。 ぼっちはコミュ力が低いと思われがちですが、多くは相手の気持ちを汲む事が出来ないだけで自分の考えを伝えることはできます。 なのでぼっちに慣れてくると人に質問して、分からない分野を潰したりもできます。 人に頼られるようになってからが良いぼっちのスタートと私は考えます。 ぼっちは表の印象とは違った魅力を持っている人が大勢いますので、一度偏見をすみっこに置いて声かけてみると良いと思います。 「脱いだらすごい人」みたいに、びっくりが詰まっているはずです。 声かけられたら大抵のぼっちは喜びますが、決して大人数で声をかけてはいけません。 ぼっちは見知らぬ大人数が苦手ですので、少人数が良いです。 ベストは1人で行くことが良いです。3人以上で声かけるのは危険です。

2015年の私

ぼっちは申告制ではありません。 人に認められてこそ、ぼっちとして成り立ちます。 可愛いやイケメンと同じです。 去年はあまり人に認められないぼっちだったので、今年は周りの人にぼっち印象を払拭して、(私の中の)正しいぼっちを伝えて行きたいと思います。 みなさんも良いぼっちライフを(*ゝω・*)

※この記事のぼっちは私の知るぼっちを紹介しているので、世間一般的に適応されないものもあるかも知れませんのでご了承ください。